従来型の公開討論会の準備期間は1ヶ月程度あれば大丈夫ですが、マニフェスト型公開討論会は、企画着手から当日まで2ヶ月程度の準備期間を見込むことが望ましいです。それは、候補者にマニフェストを書いていただく時間をできるだけ多く確保するとの配慮から、できれば出演交渉のファーストアプローチを公開討論会当日の1ヶ月前に行っておきたいからです。ただし、これはあくまでも「できれば」であり、実際にはそれぞれの候補者の出馬表明時期によって大きく左右されます。それでも準備はなるべく早く始めましょう。
おおよその準備スケジュールは次の通りとなります。なお、太字部分が従来型の公開討論会とは異なる項目です。これらの詳細説明は後述します
@主催団体を立ち上げる(既存団体であれば、実施することを決定する)
A企画作りをするとともに"基本資料"を作成する
B会場を予約する(会場は何ヶ月も前から予約が埋まっていることもあるので、できれば主催団体立ち上げに先行して仮予約しておくことが望ましい)
C記者会見の準備
D候補者へのファーストアプローチ(Fの訪問約束とりつけ)
E選挙管理委員会への届け出
F候補者事務所での出演依頼、マニフェスト作成依頼
G記者会見
H参加承諾書の受領
Iマニフェストの受領、確認
Jマニフェストの印刷
Kコーディネーターとの調整
4-1.マニフェスト型で行うなら、公開討論会よりも合同・個人演説会が適している
マニフェスト型で行うならば、告示日前に開催する公開討論会よりも、選挙期間中に開催できる合同・個人演説会が適しています。従来型の公開討論会であれば、合同・個人演説会よりも、やや運営が楽であるため、公開討論会を選択する主催者が多いのですが、マニフェスト型の場合は断然、合同・個人演説会に向いています。
公開討論会で行うか、合同個人演説会で行うかは、企画の最初に決めなければならない重要な選択肢ですので、慎重かつ迅速に判断しましょう。
理由は以下の通りです。
@ 候補者全員のマニフェストが出揃うのは告示日直前になりがちなので
公開討論会は告示日の1週間前までに開催するのが一番ポピュラーです。そこで告示日の1週間前に公開討論会を開催しようとすると、実際にはコーディネーターの予習時間やマニフェストの印刷日数を考慮して、告示日の10日〜2週間前にはマニフェストが出揃う必要があります。
ところが、候補者全員のマニフェストが出揃うのは告示日直前になりがちです。
したがって、告示日前にしか開催できない公開討論会でマニフェストを取り扱う
のは、かなり難しいのが現実です。以上の現実を考慮すると、マニフェスト型で行う場合は、告示日後に開催できる合同・個人演説会が適しています。
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A マニフェストの印刷代負担の問題
英国では、国政選挙の際に各政党のマニフェストを、国民が駅の売店や書店などで購入するという習慣が19世紀から続いています。どの政党のマニフェスト冊子も大体2ポンド前後(約400円)で売られています。
一方、わが国ではマニフェストの印刷代を誰が負担するのかが常識として定着していません。2003年秋の公選法改正で国政選挙でのマニフェスト配布が解禁されたため、その年の衆議院総選挙で各政党が一斉にパーティ・マニフェストを発行しましたが、このときは無料で配布されました。既存政党は政党助成金を得ていますので、間接的には国民がマニフェストの印刷費用を負担しているものと言えなくはありませんが、直接的には無料で入手できましたので、国民自身が費用負担しているという意識はありません。
また、ローカル・マニフェストについては、(後述の通りローカル・マニフェストの配布は公選法で著しく制限されていますが、それでも果敢に配布しようとする候補者は)候補者陣営が自ら印刷し、選挙事務所や街頭演説の場で無料配布するケースがほとんどです。
しかし、公開討論会の会場でマニフェストを配布するとなると、候補者個人の選挙運動ではないため、なかには、印刷代の負担を公開討論会主催者に要求してくる候補者もあります。無党派・市民派を標榜している候補は選挙資金が十分ではないため、この傾向が強いと予想されます。また、主催者による印刷代の負担を、公開討論会への出演条件とする候補者も出てくるでしょう。
特に困るケースは、例えば、A、B、Cの3人の候補がいて、A候補とB候補からは自陣営の費用負担でマニフェストを持ち込むと申し出いただいたが、C候補だけは主催者側で費用を負担してくれと要求してきた場合、C候補だけに費用負担をすることは公平性・中立性を欠くことになります。しかも、適切な手続きを経ないと、候補者への寄附に関する公職選挙法違反になりかねません。
そこで、このケースにおける問題を回避するため、あるいは、候補者の選挙費用軽減に役立とうという精神から、全候補の印刷代を主催者が負担することにした場合は、この印刷代が公開討論会の運営費用を大きく圧迫します。例えば、3人の候補からそれぞれ10ページの原稿を預かり、500部ずつ製本印刷すると、かなり安い印刷屋さんを使っても20万円前後はかかります。
では、英国流に発想を転換して、印刷代の負担を来場者に転嫁し、マニフェストを会場で販売するとしましょう。候補者陣営自身がマニフェストを販売することは制限付で認められていますが、公開討論会主催者がマニフェスト販売を仲介する場合、これが公選法で認められるかを最初に確認する必要があります。
さらに、販売仲介が合法という仮定で、入場時に販売すると、来場者には実質的な入場料と受け取られます。これまでのほとんどの公開討論会は入場無料であり、会終了後のカンパを貴重な収入源としていましたが、入場時にマニフェストを販売すると来場者には「もう入場料を払ったじゃないか」という心理が働き、カンパは期待できなくなります。
そこで公開討論会全体の収支を赤字にしないようにするには、マニフェスト印刷代(約20万円)と、通常の公開討論会の運営費用(約10万円)とを合計した30万円前後の費用を入場料で集める必要があります。このケースでは、500席の会場が満員になると強気に見積もるなら、入場料600円でようやく収支トントンです。来場者が300人と固く見積もるなら、入場料は1,000円にしないと赤字になります。
通常の公開討論会ならば入場無料(終了時のカンパのみ)なのに、マニフェスト型公開討論会になると入場料1,000円に跳ね上がるとすると、果たして有権者は足を運んでくれるか、はなはだ疑問です。
自治体選挙の時には、地元の有権者がローカル・マニフェストを購入するという行為が習慣化するまでは、この問題はしばらくつきまといそうです。
→ 合同・個人演説会なら、印刷代の負担は候補者であることが公選法で明確になっているので、誰が負担するのかで揉める事は回避できます。以上のリスク回避を考慮すると、マニフェスト型で行う場合は、合同・個人演説会が適しています。
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参考:ローカル・マニフェストは英国でも販売されていない
マニフェストの本家、英国と言えども、ローカル・マニフェストを自治体選挙に立候補する無所属候補が発行し、販売するという習慣はありません。それは英国の選挙では、自治体選挙といえども「政党本位・政策本位」のため選挙戦も政党中心であり、無所属候補はほとんど有権者に相手にされないため、そもそも無所属候補が数少ないからです。
また、保守党や労働党は自治体選挙向けのパーティ・マニフェストをWebサイトに掲載する程度のことはするものの、国政選挙のように冊子を駅の売店で販売したり、街頭で配布することはありません。これは投票率70%以上の国政選挙と異なり、地方自治体選の投票率は30%程度と国民の関心が低いことが理由だと考えられます。
日本のように無所属候補が中心の自治体選挙において、ローカル・マニフェストを競っていこうという運動は我が国オリジナルのものであり、いまだ黎明期であるため、マニフェストの販売についても、ひとつひとつ問題を解決しながら着実に定着させていくことが必要です。
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4-2.候補者への出演依頼
@ マニフェスト型で行いたいことを説明する
マニフェスト型公開討論会の実現するための大きな関門のひとつは、従来の公開討論会よりも出演交渉が困難であることです。
考えても見てください。マニフェストが無い選挙で再選を重ねてきた圧倒的多数の現職の勝利の方程式は、従来型の公約(事後検証できない曖昧なスローガン。あれもやる、これもやるというバラマキ型であることが多い)による選挙なのです。したがって、再選を目指す現職の多くはマニフェスト型公開討論会に出たがらないのが一般的な心理というものでしょう。(マニフェストを掲げた候補が常に当選するという時代になればこの心理も変化してくるでしょうけれど)
さらに候補者側は、自治体の選挙で「選挙運動のために使用するマニフェストを配布すること」は公選法で禁止されている(本当は「禁止」ではなく「著しい制限」。詳細と対策は後述。)ことを取り上げ、この公開討論会の出演拒否理由に挙げることは十分予想されます。
また、主催者が「マニフェスト=出して当たり前」「マニフェストを出さない候補は選挙に出る資格がない」という姿勢だと、候補者から強い反感を買うことになりかねません。
そこでマニフェストを題材として公開討論会を実施したい場合は、候補者への出演交渉で、以下のような観点から「安心して出演できる」場であるということを、従来型の公開討論会での出演交渉よりもはるかに懇切丁寧に説明する必要があります
●マニフェスト型公開討論会でのマニフェストの定義は、新聞などで解説されている定義より緩やかであること
●「マニフェスト型公開討論会の基本方針」に基づいて、合法的、公平、中立に実施すること
●マニフェストを提示しなくても、いささかの非難もないこと
を丁寧に説明し、候補者の合意を得られるようにしましょう。
Q1。一部の候補者はマニフェストを出し、一部の候補者はマニフェストを出さないと主張している場合はどうするか?
A1。それぞれの候補の意思を尊重し、出すも出さないも自由とします。
公開討論会はマニフェストがなければ進められないものではありません。
公開討論会で問うテーマについて、ある候補のマニフェストに該当項目がある場合、その候補はそれを中心に語っていただければよいし、マニフェストを出していない候補の場合には、従来の公開討論会どおり、自分の考えを自由に語っていただき、事後検証できない内容について、コーディネーターが補足発言を求めれば十分です。
したがって、マニフェストの提出は必須ではありません。
なお、できればマニフェストを出さない候補にも、マニフェストを出す候補とのつりあいの観点から、主要5大政策程度をあらかじめ用意しておいていただければベターです。
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Q2。全ての候補者がマニフェストを出さないと主張している場合はどうするか?
A2。マニフェスト型ではなく、通常の公開討論会の成立を目指しましょう。公開された討論によって候補者が当選していくという土壌を積み重ねていくことが最優先であり、マニフェスト型公開討論会に固執する必要はまったくありません。
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A 出演依頼する時期
出演依頼をする時期は、候補者のマニフェスト作成期間を考慮して、できるだけ公開討論会当日の3週間から1ヶ月前に、全候補同時に依頼することが望ましいです。しかし、告示日以前に行う公開討論会の場合、告示日の1ヶ月以上も前に主だった候補が出馬表明しているとは限りません。そこで、現職(または現職が推す後継者)と新人1名が出馬表明した時点で出演依頼を開始し、その後に出馬表明した新人候補には随時依頼していくという順番にせざるを得ない場合もあるので、柔軟に取り組んださい。
しかし、マニフェストの作成依頼日と提出期限日は、どの候補も同じであるほうが良いことは言うまでもありません。これを実現するには、開催日をできるだけ投票日に近づける必要があるので、前述のように"マニフェスト型"の場合は、選挙期間中に開催できる合同・個人演説会のほうが適しているのです。
4-3.マニフェスト提出依頼
候補者への出演依頼の際に、マニフェストの作成と、期限内の提出を依頼します。
@マニフェストの書式
マニフェスト提出依頼時に、候補者がすでにマニフェストを作成している、あるいは作成準備中であれば、書式は候補者にお任せします。主催者が指定する必要はありません。
ただし、書式は自由であるものの、公職選挙法によって記載できない項目がありますので、候補者陣営によく説明しておきましょう。記載できない項目とその理由は次項「4-4.マニフェストの配布」で詳述します。
本項では、もっとも重要な規制をひとつだけ紹介します。
合同個人演説会(告示後)の場合は、マニフェストに候補者の氏名(氏名が類推されるものを含む)を記載することはできません。名称を記載できるのは、候補者の確認団体名(例:活力ある○○市を創る会)までです。
告示前の公開討論会であれば、候補者の氏名も政治団体の名称も記載できます。
また、候補者からマニフェスト記入書式の提示を希望された場合は、本マニュアルの資料編に掲載したサンプル書式を提示するといいでしょう。このサンプル書式を利用する場合の注意点は以下の通りです。
<<マニフェストのサンプル書式利用上の注意点>>
1)
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文字数制限はしない。このため、記入枠を自由に拡張できる電子ファイルで提供することが望ましい。
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2)
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必ずしも、サンプル書式内の全ての項目を記述する必要は無い。例えば、「政策」「目標」「手段」だけを記入し、「期限」と「財源」については当選後に詳細に定めるということでも構わない。(後述の<参考>を参照)
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3)
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図やグラフを入れることもOK
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4)
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告示前は、候補者の氏名や、候補者を支援する政治団体の名称を記載してよい。
告示後は、候補者の氏名(氏名が類推されるものを含む)を記載してはいけない。候補者の確認団体名(例:活力ある○○市を創る会)は記載してよい。
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Aマニフェスト受け取り媒体の確認
マニフェストを候補者陣営から受け取る時の媒体には、
A)人数分の冊子(印刷・製本済み)
B)印刷原稿(紙、または電子ファイル等)のみ
の2通りがあります。
できるだけ、A)の冊子で人数分を受け取れるように交渉しましょう。
B)の印刷原稿だけを受け取る場合は、主催者側で印刷、製本をすることになります。
ローカル・マニフェストを提示する選挙が定着していない現況では、主催者側での印刷、製本を求められるケースもありがちですので心得ておいてください。
Bマニフェスト印刷代の負担の確認
仮にマニフェストの印刷・製本を主催者側に求められた場合、印刷代(製本代も含む)を負担するのは候補者なのか(つまり主催者は候補者陣営から対価を得て印刷労務だけを提供する)、主催者負担なのか、あるいは来場者に負担していただくこととして販売するのかを、事前に主催者内で調整しておき、この場で候補者の確認を取ります。
「4-1.Aマニフェストの印刷代負担の問題」でも解説したとおり、この問題は非常にデリケートで複雑あり、下手をすると、候補者の出演拒否や公開討論会そのものの不成立、最悪の場合は主催者が公職選挙法違反になるということもありますので、選挙管理委員会や弁護士、リンカーン・フォーラムと相談しながら慎重に進めてください。
Cマニフェスト提出期限
マニフェストの提出期限は、公開討論会への参加承諾書の回答期限よりも後の日程で構いません。ただし、コーディネーターが予習する時間と、場合によっては、回収したマニフェストを印刷する時間を考慮し、開催日の遅くとも3日前を期限とするといいでしょう。
<参考:マニフェストの作成にはどのくらいの時間とスタッフが必要なのか>
選挙プランナーの三浦博史氏によると、2003年4月の神奈川県知事選で当選した松沢成文氏のマニフェストは非常に精緻で完璧に近いものですが、その作成には、元神奈川県庁職員の大学教授を交えたマニフェスト委員会を作り、何ヶ月もかけて練り上げたのだそうです。
一方、同年8月の埼玉県知事選に当選した上田清司氏の場合は、投票日のわずか1ヶ月前の出馬表明ということもあり、これまでの県政に対する想いをもとに、一人で数日間で書き上げてしまったそうです。 その代わり、細部にわたる事項は、当選後に県職員、県議会、県民、有識者の声を十分に聞いた上で作成すれば良いというスタンスに立ち、有権者にわかりやすい目標を期限を区切って訴えた簡単なもの(
注:リンク先は知事就任後に「当面の取り組み」を加筆したもの)になりました。
また、現職の場合は、役人を使っていくらでもデータの収集や政策を書かせることができ、また与党の議員を駆使して市民の声も適当に入れられる。しかし、新人候補の場合は役人や地方議員の協力を得られにくく、完璧に近いマニフェストを作成することはまず不可能なので、「松沢方式」と「上田方式」のどちらが良いと言うものではありません。
主催者が「松沢方式」のような完璧に近いマニフェストをイメージしていると、どうしてもそれを期待する言葉が公開討論会の出演交渉時に現れ、候補者に無用なプレッシャーをかけ、警戒心を抱かせることになりますので十分注意しましょう。
一方で「上田方式」であれば、わずかな日数で、スタッフ無しでも、候補者の想い次第では作成可能です。最初はごく簡単なものでも構わないですから、どの候補にもマニフェストを作成していただけるようにソフトに交渉しましょう。
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