はじめに

 

 

 

  はじめに

 

 今各地の市長選や知事選で、候補者が一堂に会し自分の政策や理念を述べる公開討論会が静かにひろがっている。本来政治を志す人や政党が自らの信ずるところを堂々と有権者の前で披露しダイナミックな討論のなかからリーダーが選ばれていくのが民主主義の当たり前の姿であろうと思うが、この5年前まで候補者同士による討論会の機会はほとんど日本には存在していなかった。欧米諸国では当然のこの討論会がなぜ日本では存在していなかったのかは本論で詳細にのべたいが、ここ数年のあいだ心有る多くの人々の努力によって公開討論会は目を見張る発展を遂げてきた。今日まで300回を超える討論会の実施(編集部注:2000年7月現在)によって確実に投票率は上がり、選挙の風景は変化しつつある。本書ではこの公開討論会の全貌を明らかにするとともに、公開討論会の実施方法を徹底的に述べるつもりである。わたしが1995年から計画実施してきた公開討論会は順調に成長してきたが、最近この活動は私たちの手を離れつつある。そのことはまことに喜ばしいことであるが、公開討論会の手法を粗雑に理解して取り組むためにさまざまな失敗をして、公開討論会そのものの価値に誤解を生じさせたり、せっかくの努力がほんの少しのミスで水泡に帰してしまう事例が散見されるようになってきた。せっかく善意で公開討論会を企画したのにちょっとしたことでいきづまり、最後になって私たちのところへ助けを求めにこられる方々の話を聞きながら私たち自身「なぜもっと早くサポートを求めにこなかったのか」と残念に思うことが少なくない。この公開討論会のノウハウはわたしたちが私物化しているものでなく万人が知っておいて損はないノウハウである。しかし、このノウハウを使って公開討論会を企画しようと考えておられる方々がいらっしゃったらどうぞ徹底的に研究を重ね、本書を熟読玩味してから取り組まれることを熱望いたします。なぜならこのノウハウは机上の空論ではなく、実際に公開討論会を苦労してつくりあげてこられた実行委員の方々の経験から割り出された実践論だからです。またこの本書は是非政治家の方々やこれから立候補しようと考えている方々にも読んでいただきたいとおもいます。公開討論会はまだまだ完全に定着しているわけではありません。知らないがゆえの誤解が政治の世界に存在することも事実です。この公開討論会は決して特定の候補者や政党を利するものではなく、有権者自身が自らの国や町の行く末を考える機会となります。今日まで数々の公開討論会に携わってきて、この試みの深さや可能性を回を重ねるごとに感じています。この試みが日本の民主主義を一歩でも進めることを念願し本書を世に送りたいとおもいます。

2000年8月1日

<編集部注>
 本書発行後の2000年11月に、NGO・地球市民会議の公開討論会普及プロジェクトであった「リンカーン・フォーラム」は地球市民会議から分離独立し、公開討論会支援NGO「リンカーン・フォーラム」としての活動を歩み始めました。また、これを機にリンカーン・フォーラムの創設者の小田全宏氏は代表を退任し、2代代表として加藤秀樹氏(慶応大学教授)が就任しました。