リンカーン・フォーラム事務局長 内田
豊
【公開討論会支援開始のきっかけ】
リンカーン・フォーラムは、公職選挙で立候補者を一堂に集めた公開討論会を、民間の手によって公平・中立に開催する活動を行っているNGOである。
日本では1983年に公営の立会演説会が廃止されて以来、選挙の時、候補者同士の政策論議がほとんど行われなくなってしまった。この状況に危機感を抱いていた小田全宏氏(現・NPO法人日本政策フロンティア理事長)が、英国の選挙時における公開討論会を目の当たりにし、日本への導入を考え<リンカーン・フォーラム>を創設したのが始まりである。肝要なのは国民の政治啓発であり、米国のリンカーン大統領が「人民の人民による人民のための政治」と宣言した理想の民主主義をこの日本に根付かせることが私達の目指すところである。その手段として私達は公開討論会を開催し、達成度のモノサシとして「集客数」、「満足度」、そして「投票率の向上」を用いている。
【リンカーン・フォーラムの活動】
私達の組織は、公開討論会の開催方法を指導する本部・地域窓口と、各地の選挙で討論会を開く地元の実行委員会から構成される。
本部は主として、主催者に対する運営方法のアドバイス・講演、マニュアルの作成、関連情報の収集・分析・公開等を行っている。
本部と地元の実行委員会を結ぶ強力なコミュニケーションツールが、Webサイトと会員制メーリングリストである。マニュアル『公開討論会の開き方』(毎日新聞社刊)を、2000年にWebサイトで無料公開した結果、全国の誰もが容易に公開討論会を開催できるようになり、2000年総選挙では、300小選挙区中230ヶ所での実行委員会の立ち上げに寄与できた。以後もWebサイトはコンテンツの増加を続け、最新の開催情報をはじめ、運営ノウハウやQ&A、開催履歴等のデータベース、討論会の映像や音声等が満載されている。
一方、会員制メーリングリストは、討論会の開催を希望する有志がeメールで意見交換や質疑応答を行う場だ。リンカーン・フォーラムのマニュアルは実際の運用で鍛え上げられた実践的な内容だが、それでも現場ではマニュアルにない様々な問題に遭遇する。その時にメーリングリストに質問すれば、全国の経験者がたちどころに経験談を披露してくれる。また失敗談も包み隠さず公開し、後進の主催者が同じ失敗を繰り返さぬように、ノウハウを全会員が共有している。Webサイトでは不可能なスピードと品質で、知恵の共有ができる点が長所だ。登録会員は常時500名を超え、日本の政治系会員制メーリングリストとして最大、かつ最古参といえるだろう。
さらに、そこで行われた質疑応答は汎用化した後にWebサイトに反映され、全国にフィードバックされる。この仕組みにより、リンカーン・フォーラムのノウハウは常に進化を続けている。
このようにリンカーン・フォーラムはインターネットを駆使しているが、私達はWebによる政治評論や情報提供だけのバーチャル活動で、国民が投票行動を起こすなどという生やさしい考えは持っていない。国民を討論会の場に呼び寄せ、候補者の生の声を伝え、五感に訴える現実世界での堅実な活動こそが、国民の目を覚まさせると確信して、それを数字で証明してきた。それぞれの選挙で討論会を開催するために行う候補者との出演交渉、集客活動、そして舞台運営こそが私たちの活動の中心である。
【実 績】
私たちの討論会開催数は全国で1100回を超える。国政選挙をはじめ、自治体の首長選や議会議員選でも実施し、同じ選挙で複数回開催することも珍しくなくなってきた。来場者数は全選挙平均で約400人、市長選に限れば平均600人に及ぶ。
またアンケートによると、つねに80%以上が満足と回答している。その地域で初めて開催されたときは目新しさから満足度は高いものだが、3回目、4回目でも満足度が高い理由は、実行委員会が創意工夫して内容を進化させているからであろう。
さらに投票率の向上に貢献していることも統計から明らかである。その地域で初めて公開討論会が開催されると、前回の選挙と比較して、投票率が平均で約10ポイント向上している。また、その地域で2回目以降の討論会でも、会場を満席にすると投票率は再び向上する。
なぜ、多くて2000人程度しか収容できない公開討論会が投票率向上に貢献するのか。それは来場者の表情の変化に表れている。最初「誰が一番か見極めてやる」と、あたかも評論家のように椅子にふんぞり返って聞いている。ところが討論が進むうちに、自分の街が大変な課題を抱えていることに気づく。そしてその課題をこれまで放置し、自分がきちんと投票しなかったために失政が続いてきたことに気づくのだ。討論の後半では誰もが前のめりになり、メモを取り出すのである。そして翌日には討論会のことが新聞で大きく報道され、目覚めた有権者達はこの記事をきっかけに、討論会で学んだことを近所中に伝えていくのだ。このクチコミこそが、投票数が飛躍的に増える要因だと私達は推測している。
最近では討論会のテレビ放映の効果も大きい。長野市長選公開討論会を放映したCATV局は、開局以来最高の視聴率を記録した。
また、私達は、各地の選挙管理委員会とも良好な関係を築いており、討論会に対しても高い信頼を得ている。新聞で討論会のことを知り、地元での開催を希望した方が選管に相談に訪れたところ、選管からリンカーン・フォーラムのマニュアルを紹介されたという話も時々耳にする。大変ありがたいことである。
【今後の課題】
全国に定着してきた公開討論会だが、課題も多い。第一に公職選挙法で、選挙期間中の開催が著しく制限されていることだ。例えば、選挙期間中は実行委員会がこのイベントを告知できず、マニフェスト配布時も候補者の氏名を記載できない。私達はこれらの不合理な法律の改正を求め、繰り返し政策提言を行っている。
第二に、会場費をはじめ開催費用の問題である。どの選挙でも開催するためには、ボランティアによる実行委員会の立ち上げが欠かせないが、予算を持たない彼らは会場費、広告費等の工面に腐心する。そこで、自治体に対してこの活動の公益性の高さをアピールし、公営施設の無償貸与を申し出ているが、ほとんどの自治体で赤字財政を理由に適用されない。
私たちの活動主旨に賛同いただける行政や公益法人などから協力が得られれば幸いである。
●プロフィール
うちだゆたか
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公開討論会支援NGO「リンカーン・フォーラム」代表代行兼事務局長。
会社員、ISO9001、情報セキュリティコンサルタント。
2000年にリンカーン・フォーラムを設立、全国へ公開討論会の普及・指導に当たっている。