リンカーン・フォーラムの挑戦
〜進化する公開討論会を目指して〜
[寄稿]  都道府県選挙管理委員会連合会月刊誌『選挙』 2010年8月号 2010.8.1発行

リンカーン・フォーラム代表代行兼事務局長 内田 豊

 

都道府県選挙管理委員会連合会の月刊誌『選挙』 2010年8月号(2010.8.1発行)より

リンカーン・フォーラムの挑戦
〜進化する公開討論会を目指して〜

(PDFファイル)

 ・各種の参考写真や資料も掲載されています。

 

1. 公開討論会が目指すもの
 リンカーン・フォーラムは、公職選挙の立候補者を一堂に集め、民間の手によって公平・中立な"公開討論会"を開催する活動を全国で行っています。また、選挙期間中は公開討論会を開催できませんので、各候補者の個人演説会を合同で開く"合同・個人演説会"を、民間人が中立な立場で企画・運営します。有権者から見ればどちらも同じなので、本稿では特に断らない限り両者とも"公開討論会"と表記します。
 私たちは公開討論会を通じて、政治や選挙と向き合う国民を育成し、米国のリンカーン大統領が「人民の人民による人民のための政治」と宣言した理想の民主主義をこの日本に根付かせることの一翼を担うことを目指しています。
 これは決して簡単な目標ではなく、「公開討論会は開くことに意義がある。何人集まるかとか、面白いかとかは問題ではない。」というようなアマチュア精神で到達できるものではありません。
 そこで、私たちは公開討論会の達成度として「集客数」「満足度」に重点を置き、その成果として投票率を向上させることを明確な目標として掲げています。
 政治啓発を目的に活動している団体はたくさんありますが、実際に「投票率の向上」という実績を積み上げている団体は、きっと私たちだけではないかと思います。

2.リンカーン・フォーラムの実績
 リンカーン・フォーラムの公開討論会は1996年の京都市長選から始まりました。2010年参議院選終了時点では約2000回に達しています。今では候補者や各地選管からも最も信頼される、公開討論会の事実上の標準方式となっています。来場者数は全選挙平均で約400人、市長選に限れば平均600人です。
 またアンケートの回答で、「満足」が常に80%以上と高い評価を頂いています。
 さらに、投票率向上にも明確な効果が出ていることが統計で示されています。その地域で初めて公開討論会が開催されると、前回の選挙と比較して、平均で約10%投票率が向上しています。また、その地域で2回目以降の討論会では、会場を満席にすると投票率は再び向上しています。昨今では公開討論会が1回以上開かれた地域がかなり多いので、後者の「会場を満席にすれば投票率は向上する」が活動目標として非常に意味のあるデータとなっています。

3.公開討論会が投票率向上に与える影響
 投票率を左右する要因は公開討論会だけではありません。しかし、国政選挙や都道府県知事選のように選挙面積が広大な選挙区において、公開討論会が開催された自治体の投票率上昇割合が、その選挙区全体の投票率上昇割合を大きく上回っていれば、公開討論会はその選挙区の投票率向上に大きな影響を与えたと推測できます、なぜならば公開討論会の来場者は、開催される自治体の主催者が、その自治体の住民を中心に集めてくるからです。
具体的なケースを紹介しましょう。

(1)2009年総選挙静岡5区
 2009年総選挙で静岡5区の投票率は69.62%。前回比で1.08%上昇でした。静岡5区を構成する7市町のうち、裾野市で公開討論会が開催され、会場は800人を超す来場者で一杯になりました。この裾野市の投票率は前回比2.83%上昇となり、静岡5区全体値を大幅に上回りました。また7市町中でも最高の上昇となりました。裾野市の前回総選挙での投票率は69.47%で、かなり高かった数字をさらに引き上げたのですから、2.83%上昇は侮れない成果であり、静岡5区の投票率向上を大きく牽引しました。

(2)2005年千葉県知事選
 2005年千葉県知事選では、浦安市、東金市、成田市、千葉市、松戸市の5市で公開討論会が開催されました。どの会場もほぼ満席で、合計2,900人もの有権者が来場しました。この5市を合計すると、有権者数で全県の28%、投票者数で全県の27%にも達しますので、統計上のサンプルとして十分な数字です。

<投票結果>
     前回比   投票率
全県  +6.40%  43.28%
----------------------------
浦安市 +6.09%  37.25%
東金市 −1.21%  65.84%
成田市 +7.60%  43.20%
千葉市 +5.02%  43.62%
松戸市 +6.90%  38.16% 

 東金市を除いた4会場では、投票率が上昇しています。特に、成田市と松戸市は、県の前回比を上回る上昇となり、県の投票率上昇を大きく牽引したことが分かります。
また、東金市は投票率を下げましたが、それでも投票率が65.84%と、県投票率をはるかに上回る数字でしたので、むしろ前回の投票率が(千葉県としては)かなり高かったのであり、今回も依然、高投票率を維持したままであることがわかります。これらのことから、5市で行なわれた公開討論会は、おしなべて投票率上昇に貢献したと見ていいでしょう。

 この選挙では更に特筆すべき点があります。朝日新聞(2005年3月15日)は、「各政党、各陣営、それぞれ読み違いがあった。だが、最大の誤算は前回より6ポイント余り上昇し、43%を超えた投票率だったのではないか。3陣営とも投票日前、「30%前後」と予測していた。ここを基準にすれば、投票率にして約13%分の有権者が投票所に向かった。(中略)約13%の有権者がどの候補に向かったか。それは分からないが、その動きを政党や陣営がつかみ切れなかったことだけは確かだ。」と、報道しています。
 政党や陣営の選挙のプロですらつかみ切れなかった約13%もの有権者を、投票所に運ばせた特別な要因は、この県知事選で5回も開催された公開討論会を置いて他にないと断言できるでしょう。

4.投票率が向上する理由
 それでは、なぜ、大会場でも2000人程度しか収容できない公開討論会が投票率向上に貢献するのでしょうか。それは来場者の表情の変化に表れています。最初は評論家気取りで「誰が一番か見極めてやる」と、椅子にふんぞり返って聞いています。ところが討論が進むうちに、自分の街が大変な課題を抱えていることに気づきます。そしてその課題をこれまで放置し、自分がきちんと投票しなかったために失政が続いてきたことに気づくのです。討論の後半では誰もが前のめりになり、メモを取り出します。そして翌日には討論会のことが新聞で大きく報道され、目覚めた有権者達はこの記事をきっかけに、討論会で学んだことを近所中に伝えていくのです。このクチコミこそが、投票率が飛躍的に増える要因だと私達は推測しています。

5.公開討論会のはじまり(1990年代)
 1983年に公営の立会演説会が廃止されて以来、選挙の時、候補者同士の政策論議がほとんど行われなくなってしまいました。これらの状況に危機感を抱いていた小田全宏(現・NPO法人日本政策フロンティア理事長)は、英国の選挙での公開討論会を目の当たりにし、日本で一般の人の手による公開討論会を普及する「リンカーン・フォーラム」を1996年に創設、支援活動を開始しました。
なお、リンカーン・フォーラム本部は指導団体であり、実際に公開討論会を開くのはその選挙区の市民グループです。
 1997年宮城県知事選では、選挙期間中にも開催可能な"合同・個人演説会"を発明しました。夜の21時半開始にも関わらず500席の会場があふれ返る程の盛況でした。
1998年の参議院選で、リンカーン・フォーラムは全国各地に主催者を育成し、初めての全国一斉開催を試み、半数の23県で実現できました。
また、東京の日比谷公会堂に、各政党の代表者を集めた政党代表者討論会を実施。大きな反響を呼びました。それまで、NHKや日本記者クラブのような地位の確立した団体しか実施できなかった党首討論を、政治と無縁で、無名の市民グループが成し遂げるという歴史上初の快挙となりました。
1999年統一地方選で公開討論会はさらに広がりを見せましたが、この頃は複数の候補者に出席してもらえずに不成立となるケースも多かったのです。無名の主催者が候補者に信用してもらえるようになるには次の展開を待たねばなりませんでした。
またこの頃の討論形式は一問一答が主流で、候補者同士の討論にはなりにくいという欠点がありました。候補者同士の討論を提案すると、有力な候補者には出席いただけなかったためです。

5.公開討論会の普及(2000年〜2004年)
 2000年、公開討論会の歴史に転機が訪れます。小田全宏が公開討論会の開催マニュアル『公開討論会の開き方』(毎日新聞社刊)を上梓し、合わせてWebサイトで無料公開しました。その結果、全国の誰もが容易に公開討論会を開催できるようになり、2000年総選挙では、300小選挙区中、約230ヶ所での実行委員会の立ち上げに寄与しました。
 各地の選管にもこのマニュアルが知れ渡り始めました。新聞で討論会のことを知り、地元での開催を希望した方が選管に相談に訪れたところ、選管から『公開討論会の開き方』を紹介されたという話も耳にするようになりました。
 また、当時政権与党だった自民党の複数の幹部から、「リンカーン・フォーラムの公開討論会であれば安心して出席できる。出席すべきだ。」との発言が主要メディアで度々発信されたことを契機に、それまで公開討論会の出席に及び腰だった与党候補や現職も、ほとんど出席いただけるようになりました。こうして、リンカーン・フォーラム方式の公開討論会は候補者からも大きな信頼を得るようになっていきました。
 2003年総選挙福井1区では、公示前の公開討論会に出席した候補から、「ぜひもう1回、選挙期間中に開いて欲しい」という熱い要望を受け、屋外に選挙カーを並べた"合同・街頭演説会"を全国で初めて実現し、大きな注目を浴びました。
 さらに2003年には全国に700以上の組織を持つ(社)日本青年会議所がリンカーン・フォーラム方式の公開討論会を全面採用することとなり、青年会議所が公開討論会の主催者として台頭してきました。
2004年の三宅村村長選・村議選で、(社)東京青年会議所は、2000年の三宅島噴火に伴い16都県において避難生活を余儀なくされている島民の方々への政治家選択の機会となる公開討論会を都内で開催しました。立候補者が街宣活動やポスターで選挙運動をすることが困難な極めて異例の選挙において、島の復興に全力で取り組んでくれる責任ある議員を選出する機会を何とか得たいと、三宅島村の有志から(社)東京青年会議所が相談を受け、開催に至ったものです。既に公開討論会は、社会的な公器としての機能を果たすようになっています。

6.公開討論会の躍進(2005年〜)
 2005年、リンカーン・フォーラムは、それまで専門家の間で不可能と言われていたローカル・マニフェストの合法的な配布方法を開発し、『マニフェスト型公開討論会マニュアル』を発行しました。これにより地方首長選挙の候補者でも、発言内容が、イメージだけの口約束から、数値目標や期限などで事後検証できる公約へと、責任が大きく増すようになりました。
 また、舞台上の討論形式は、初期の一問一答から大きく進歩し、○×質問、候補者同士のディベートや自由討論、マニフェストを深く掘り下げるマニフェスト型など、丁々発止の激論スタイルが当たり前のように開かれています。
 同じ選挙で複数の公開討論会が開かれることも珍しくなくなりました。2009年総選挙では300選挙区中で、190選挙区で201回開催され、2010年参議院選では、47選挙区中、42選挙区で62回開催されました。

7.リンカーン・フォーラムの挑戦
 大きな進歩を遂げてきた公開討論会ですが、県知事選挙においては以下の課題がありました。
<県知事選挙公開討論会の課題>
(1) 県庁所在地で公開討論会を開催しても、県民の大半は遠くて見に行けない
(2) 地域によって県政の主要課題は異なるのに、1箇所での公開討論会開催だと、総花的な質問テーマにせざるを得ない
(3) 県知事選は選挙期間が長期間に及ぶため、選挙前に行われる公開討論会では、間もなく選挙があるという認識が有権者に浸透しておらず、公開討論会への関心を持ちにくい
(4) 県知事選候補者は巨額の選挙資金が必要なので、資金力のない候補は資金提供者としがらみが生まれやすい
(5) ローカル・マニフェストを出す候補者が増えているのに内容を聞く場がない

これらの課題に対処するため、私は従来の選挙や公開討論会の概念を打ち破る以下の対策を発案し、2005年千葉県知事選で実施する構想を立てました。千葉県知事選は前回選挙(2001年)で全国最低の投票率(36.88%)を記録していたので、この挑戦に格好の舞台と考えたのです。

<今まで選挙情報を得にくかった県知事選の改革案>
(1) 県内全域にわたる複数箇所で開催する。
(2) 開催地域によって、その地域固有のテーマを掘り下げて徹底討論する。たとえば千葉会場なら広域行政(首都圏連合の是非など)、成田会場なら成田空港問題、浦安会場なら三番瀬の再生など、その土地にゆかりの深い問題を重点的に討論する。各地の討論はインターネットで配信する。
(3) 選挙期間中に"合同・個人演説会"として実施することにより、有権者の関心を引く。
(4) わずかな選挙費用で高いアピールを出来る場を候補者に提供する。
(5) マニフェスト型合同・個人演説会として実施する。

 そこで私は、選挙期間中に、合同・個人演説会を県内各地で10回開催する計画を提示しましたが、公開討論会の経験者からも猛反対を受けました。選挙前ならともかく、選挙期間という戦争の最中に候補者が10回も出席してくれるはずが無いというのがその理由です。しかし、私が10回と提案した背景には確たる根拠がありました。
かつて開催されていた公営の立会演説会は、1回の選挙につき、最も少ない時で10回、最盛期には40回も開催されていたのです。1950年に成立された現行の公職選挙法の歴史の中では、1回の選挙で複数の立会演説会が実施されることは当たり前のことでした。そして、立会演説会は末期の10年ほどを除いては、どの会場も盛況で、非常に国民の人気の高いイベントであった、という北海道大学大学院の研究論文もあります。(小池秀明、「選挙における公開討論会の今日的意義 −市民による公開討論会運動の経験を通して−」『北大法学研究科ジュニアリサーチジャーナル』 7 2000 191頁〜226頁)
 これらの歴史的事実から、立会演説会が廃止(1983年)されて20余年を経た現在でも、演説会の複数回の開催を国民・有権者は潜在的に望んでいることは真理であると私は考えたのでした。

 さすがに10回もの開催はリスクが大きいので、5回の開催でメンバーはようやく協力してくれることになりました。私たちはこの画期的な挑戦に際し、全国最低の千葉県知事選の投票率を大きく引き上げることを目標に掲げました。そうして実施されたのが全国初のマニフェスト型合同・個人演説会5回開催です。
 結果は、本稿前半で紹介した通り、来場者数合計2,900人という新記録を樹立。投票率は6.40%も上昇して悲願達成。前述の新聞報道によれば実質的に13%の有権者を目覚めさせる大きな効果を発揮しました。
 このスタイルは日本の選挙風土を変革する扉を開いたと言ってよいでしょう。

8.公開討論会と選挙管理委員会の関係
 選挙を舞台に活動する公開討論会は、公職選挙法によって大きな制約を受けます。公選法は非常に複雑かつ解釈が難しいため、一部だけを取り出して読むと、公開討論会に関するほとんどの活動が禁止されているようにも読めてしまいます。
 そこで私たちは、ことあるごとに、公選法上問題が無いかを各地の選管や総務省選挙部選挙課に確認してきました。各地の選管職員・委員の皆さんは非常に熱心に研究・対応して頂き、公開討論会が前進するための助言をしてくださいました。
選挙期間中に開催可能な合同・個人演説会や合同・街頭演説会は、宮城県や福井県選管の助言が無ければ生まれませんでした。ローカル・マニフェストの配布については、神奈川県や千葉県選管が複雑な公選法条文を丁寧に解き解して、配布可能なわずかな道筋を見つけ出してくださったものです。
 このように公開討論会の発展は、縁の下で選管の皆さんのプロとしての仕事に支えられており、感謝に絶えません。「選管の立場として『お墨付き』を与えることは出来ないが、皆さんの活動の主旨には大いに賛同する。」と励ましの言葉を頂いた時には胸が熱くなりました。

 一方で、公選法はあまりにも複雑なため、選管職員の方でも誤った解釈をすることが時々起こります。「公開討論会の告知ポスターに候補者の氏名を掲載してはいけない」「合同・個人演説会を第三者が仲介してはいけない」などがその典型的な事例です。
公開討論会の主催者は、地元選管から「違法の恐れがあるからしない方が良い」などと指導されると縮みあがってしまいます。そのような時はリンカーン・フォーラムが仲介して該当の選管とお話させていただき、誤解の解消に努めています。
リンカーン・フォーラムが全国の選管や総務省選挙部選挙課と確認を重ねてきた公選法の正しい解釈はWebサイト(https://www.touronkai.org/)の「Q&A」に掲載されていますので、選管の皆さんにもぜひ共有していただければと思います。
 また、私は各地の明推協や選管での講演で時々、上述の複雑な公選法をクイズ形式にまとめた「公開討論会に関する公選法クイズ」を行っています。かなり歯ごたえのある難問ですが、機会がありましたら是非挑戦してみてください。
選管の皆さんとは今後も一層深い信頼関係を構築できることを願っております。






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更新日 2010年08月14日